これのこと【ぞくっ、とする怖い話】
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Hさんには、以前行きつけにしていた飲み屋があった。
ただ、あることがあってからその飲み屋に一切行かなくなったらしい。
その飲み屋は、ごく小さな個人店だった。提供しているのは焼き魚やからあげといった家庭料理。お酒も高いお酒があるわけじゃない。気軽に行けるし、値段も手ごろ。気付くとHさんはその店の常連になっていた。
常連になってしばらくしたある日のこと。Hさんは他の常連から話しかけられた。
「なあ、あんたも見たことあるだろ?」
聞くと、トイレの鏡ごしに、後ろに見知らぬ人が立っていたというのだ。
その話を聞いた主人は、「こういう人他にもいるんだけど、オレは他のお客さんが間違えて開けちゃっただけだと思うよ」と言って笑っていた。
またある日には他の常連客から、トイレから帰ってくると席に見知らぬ人物が座っていたことがあった、と聞いた。「あれ?自分の席どこだったっけ?」と見回していると、次の瞬間その人物は消えていた…という。
トイレの鏡の件にせよ、席に座っていた人物の件にせよ、誰かが間違えて座ったとか、勘違いだったということもある。Hさんはそう思って気にしないでいた。
ところがある日のこと。お会計をしようとレジに近づくと、レジには既に会計を待つ他の客がいた。レインコートを来た背の高い、女性。店の主人はちょうど料理を提供しているところだったので、Hさんは大人しく待つことにした。
ふと、Hさんは違和感を覚えた。
違和感の正体は、その客の姿…レインコートだ。その日は炎天下という表現がピッタリするほど、快晴だったのだ。なんか気持ち悪いな…と思っていると、主人に「ごめんね、お待たせ」と声をかけられた。
主人の方をちょっと見て、またレジを振り返る…と、レインコートの客が消えていた。
もしや「食い逃げか?」と焦ったが、店の扉には開閉を知らせるブザーがついている…。そのブザーは鳴っていない。
どこに消えたんだろう?
…そう思った次の瞬間、「常連客達が言っていたのはこれのことだ」と気付き、背筋がぞくっとしたという。
それ以来、その飲み屋に行くことはなくなったそうだ。