2025年12月8日午前2時の異世界ダイブ
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深夜2時のハイテンション状況下において、田中一広の頭に浮かんだ妄想を、冷静になった今、そのまま書き流す!恥じらいがあろうと書き流す!!
2025年12月8日午前2時の妄想は、「リアリティ」!
フィクションには、毎回毎回お決まりの展開というのがある。
勇者が魔王を倒すだとか、努力は報われるだとか、夢は諦めなければ叶うだとかいったものだ。
こうしたものって、高校生くらいになると子供っぽく感じられて、「リアルじゃねえ…リアルじゃねえのさ…」って気持ちになるよな。
俺なんかしばらく高校生の気持ち引きずってたから、「リアルじゃねえ…こんなのはリアルじゃねえのさ…」って気持ちをたいてい抱えて生きてきた。
だが今、そんな俺にあえて問いたい!
「リアルだからいいのか!?」と。
そもそも、エンターテインメント・コンテンツには目的がある。
時代劇なら、チャンバラで悪代官を成敗して爽快!だとか、努力が報われて甲子園優勝だとか、苦難の末に夢をかなえてハッピーエンド…だとかいったものだ。
むろん、現実では悪代官がのさばるし、努力が報われないことの方が多いし、苦難しても夢破れることは少なくない。
そして、そういう「リアル」そのまま描いた「リアル…これこそがリアルさ…」って作品も、そこそこある。
ただここでポイントとなるのは、そもそもエンターテインメント・コンテンツは、「悪を成敗して爽快な気持ちになるためのコンテンツ」だとか、「努力が報われる嬉しさを味わうコンテンツ」だとか、「夢をかなえた感動を味わうコンテンツ」だとか言った具合に目的があって、目的に合わせて内容を設計しているので、その目的に対してリアルじゃないってのはおかしいのだ。
言ってみればそれは、「飲んだら頭痛が治る錠剤」といった目的にあわせて薬を使ったら、「薬を飲んで頭痛が治るなんてリアルじゃねえ…リアルじゃねえのさ…」って言っているようなもん。
言っているようなもんなのだ!
問題は頭痛が治るか治らないかであって、リアルかどうかはこの際どうだっていい!
どうだっていいのだ!!
2025年12月8日早朝時点における田中一広のコメント
バファリンの半分はやさしさでできてるらしいが、俺の半分以上は水分でできており、濃度的にやさしさは恐らく数%しかないので、俺はやさしくない…。
やさしくなれねえのさ…。
![Wuah!-[ワー!]](/images/20250800/logo.png)



