第十夜完結編-狼と過ごす夜【夜探偵フクロウと謎解き暗夜】
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最終章・真相
大上(おおかみ)家で使用人として働いていた女性、千輪 和香子(ちわ わかこ)の殺人事件…その犯人は誰だろう?
ボクは今回、大上 天道(おおかみ てんどう)がウソをついていないと言ったよね?
つまり、この事件が殺人であり、かつ、天道の三人の実子の中に犯人がいるという前提にウソはない。
さらにボクは、天道の三人の実子の証言にもウソがないとも言った。
一人目、長男である大上 甲斐(おおかみ かい)はこう答えている。
「オレは殺してない。仮に使用人にをイラついたところで、殺してしまっては、この家の相続権を失う。金持ちケンカせずだ」
二人目、長女である大上 葉犂(おおかみ はすき)はこう答えている。
「使用人?殺してないわよ。いたずらすることくらいあっても、殺したりしないわ。バカバカしい」
三人目、次男である大上 柴(おおかみ しば)はこう答えている。
「あの使用人か。からかうと顔を真っ赤にして怒ってかわいかったんだけどな…。死んだのか。は!?オレが殺すわけねえだろ?」
この三人の証言にウソがないとすると、それは一見、天道の証言と矛盾するように思える。しかし、そうではないんだ。
三人が殺していない、しかし三人が殺人犯。この矛盾する内容は、実は両立する。
…つまり、三人とも、殺すつもりはあったが直接的には殺していない。三人が三人とも、部分的に犯人なんだ。
どういうことか?
被害者である千輪 和香子は、階段を下りている最中、手すりが崩れて階段から落下。落ちたその場所には金属製の鏡台があり、そこに頭から落ちて死んだ。
これらに対し、みっつの状況証拠が挙がっている。
ひとつ、手すりは確かに古いものではあったが、老朽化するほど古くなってはいなかった。なので、自然に崩れたとは考えにくい。
ふたつ、階段の表面から潤滑油らしきものが検出された。
みっつ、金属製の鏡台は普段は別の場所に保管されていたものだ。
容疑者が三人。状況証拠が三件…。
そう、長男が手すりに細工を入れ、次男が潤滑油をまき、長女が鏡台の位置をズラした。
長女は言っている。「いたずらすることくらいあっても」と。
次男もこう言っている。「からかうと」と…。
それぞれは単独で見れば、いたずらやからかいの範囲内かもしれない。いや、度は越しているけど…。それでも、殺人とまではいかないだろう。
しかし、その三つが組み合わさった結果、殺人事件が発生した。
ターゲットが死ぬかもしれないし、死なないかもしれない…。そんな、偶然に頼った殺人の事を蓋然性の殺人と呼ぶけど、これはまさに蓋然性の殺人だね。
犯人にとって蓋然性の殺人のメリットは、殺意が証明されにくいこと。
万が一、犯人の行った行為と死因との間に因果関係が立証されたとしても、殺意がなければ過失で済んでしまう。
…実際、大上家の三兄妹の殺意を証明することは難しく思える。
が…彼らはあっさり白状したよ。
三人は、千輪 和香子に大上家を乗っ取られると思って、協力して殺したらしい。
というのも、和香子が使用人という立場にも拘わらず、大上天道は猫可愛がりしていたからだ。天道は和香子のことを、愛人…いや、子ども…いや、孫のようにかわいがっていたという。
それはどうしてかというと…和香子が天道の姪だからだ。
犯人を解明すると、天道はすべての真相を話してくれた。
そもそも、ボクと天道の因縁のはじまりとなった事件、千輪 和子(ちわ かずこ)は、大上天道の妹にあたる。
名前が違うのは両親が離婚したから…なのだけど、それが偶然、七羊財閥(ななひつじざいばつ)で再開した。二人とも使用人として雇われる形で。
二人は再開を喜んだ。元々、兄妹仲がよかったらしい。
ただ、幸せな日々もやがて終わりを告げた。
和子が、七羊財閥の御曹司、七羊 時郎(ななひつじ ときろう)に恋をしたんだ。
世の中に出回った記事では、「七羊財閥の御曹司である七羊 時郎は使用人である和子に暴行をはたらき、和子の心を傷つけて自殺に追い込んだ」となっていた。しかし、事実としては暴行ではなく、時郎が遊びで声をかけたのに対し、和子は本気で恋してしまった…ということらしい。
実はこの時…和子は妊娠していたそうだ。
もちろん、遊びだった時郎は認知しない。だからこそ、た和子は自殺した…。
当然、天道は怒った。マスコミを巻き込み七羊財閥のネガティブな噂を流すことで、最終的に七羊財閥を掌握。
その後は、ボクが語ってきたとおりだよ。
ただ、抜けているのは、和香子の存在。妊娠していた和子は、自殺の前に子どもを出産していた。和子は、子どもを巻き込むのは忍びない…と、出産を待ってから自殺したんだ。
そして、和子から子どもを託されたのが…天道さ。
こうした経緯があったからこそ、天道は和香子を猫可愛がりしたんだ。
息をするかのようにウソをつき、ひとつの財閥を乗っ取った…。大上天道という男は、とてもじゃないが善人とはいえない。
けど、根っからの悪人というわけでもなかったってわけさ。
さあ…今度こそ夜が明ける…。ボクの時間はここまでさ。
またいつか、機会があったらお会いしよう。