「MOON RISE EFFECT──It is room」【Day -376】-ショートストーリー
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「いつか、わたしは殺されるのよ…」「どうしてそう思うの?」
「だって、食べ物が減ってるのよ…」
月/村ふみは横浜市のホームヘルパー。担当の村井月江は、アパートで一人暮らしの82歳。身体的には達者なようだが、最近は物忘れがひどい。この日も、冷蔵庫に入れていたプリンの数が減っている…と言いだしていた。
「減ったのはプリンだけ…?」「今日はね…。でもこないだは、麦茶の量が減ってたの…せっかく、沢山作っておいたのに…」
「それも、ストーカー/のしわざ…?」「そう…! いるのよ…天井裏に…わたしのストーカーが!」
食べ物がなくなるのは、ストーカーが天井裏に潜んでいて、お腹が減ったりのどが渇いたりするたびに飲み食いしているから…というのが月江の推理らしい。
ただ、ふみはその推理を信用していなかった。都会で、孤独に生きている高齢者は「家の中に誰かがいる」という妄想を持ってしまうことがままある…と、以前精神科医に聞かされたからだ。
月江がそうした妄想を抱く症状なのだ…と精神科医に診断されたわけじゃない。…が、月江は子どもがおらず、親族は既に亡くなっていて天外孤独の身。「家の中に誰かがいる」という妄想を持ったとしても不思議ではない。
だからその日は、愚痴を聞き流すように「そうなの」「ふうん」「気をつけなきゃね」の3語をループするように対応するに留めた。
「いつか、わたしは殺されるのよ」「どうしてそう思うの?」「だって、食べ物が減ってるのよ…」
翌週もその会話を繰り返した。…が、今度減っていたのはプリンではなく、薄皮黒糖まんじゅうだった。6個入りのミニサイズ薄皮黒糖まんじゅうが1個、無くなっていたのだという。
全部なくなっていたのならまだしも、1個。フツーの人でも勘違いしてしまうレベルだ。勘違いに端を発した疑念が、その人の中では事実に変わってしまう…それが妄想というものなのだろう…。そう、ふみは理解した。
それにしても、プリンだのまんじゅうだのと、仮にいるとしたら、相当甘党なストーカーだ。冷蔵庫の中には、お惣菜を入れたジップロックや、ラップをかけた冷ご飯など、甘いもの以外にも選択肢は多いというのに…。
「いつか、わたしは殺される…殺されるの…」
変化が生じたのは、さらに次の週のことだった。
「ど…どうしたの…?」「だって…、いたの…包丁を持った、ストーカーが…」月江は涙ぐみ、体を震わせていた。本気でストーカーがいると思っている。
しかし…ふみはストーカーがいるのだとは思わなかった。仮にストーカーが実在したとして、月江に付きまとう理由は恐らく、食べ物のはずだ。
もし本当に天井裏に潜んでいるのだとして、天井裏に潜んでいるのは、天井裏から降りて月江の冷蔵庫を漁って空腹を満たすためだろう。つまり、天井裏に寄生したホームレスあたりのはず…。
だとすれば、いちいち月江の前に姿を現し、あまつさえ包丁でおどすというのは、辻褄が合わない。ストーカーにとってベストなのは、なるべく気づかれないよう、これからも食べ物や飲み物にありつくことのはず。
…なので、この月江の怯えは…恐らく妄想が進行してきているのだろう。ふみは詳しくないが、もしかすると、認知症などの症状に発展していくのかもしれない…。今後は徘徊にも気を付けた方がいいのだろうか…。
そして…、次の週。
ふみの予感が的中したのか、ドアチャイムを鳴らしても、月江の返事はなかった。やはり徘徊するようになってしまったのか…瞬間的にふみはそう考えた。けど、ただ昼寝しているだけかもしれない…。
担当者として合鍵を預かっているので、鍵がかかっていてもドアを開けることはできる。しかし、合鍵を使ってドアノブを回すと、ドアが開かない…。つまり…、そもそもドアに鍵がかかっていない。合鍵によって鍵をかけてしまったようだ。
改めて合鍵を使ってノブを回すと、ドアが開いた。昼だというのに部屋の中は暗い。「月江さん…? 月江さん? いるの!?」ふみは声をかけながら、部屋の中へと足を踏み入れる。
玄関からキッチンに足を踏み入れる。コンロにやかんが置かれていて、火がついている。火をつけたまま徘徊しているのか…?いや、もしかして、部屋にいるのかもしれない…そう思ってふみは、改めて声を発した。「月江さん!? いないの…!?」
しかし、月江の返事はない。
ふみは、キッチンから居間へと繋がる引き戸に手をかけ、一気に開いた。「ねえ、月江さん…!?」
すると、そこには布団が敷かれており、布団の上には月江の姿があった。「月江さん! …もしかして体調が悪いの? 大丈夫…」
そう声をかけながら月江の方へと向かうと…月江の腹に突き立てられた包丁が、ふみの目に入った。「えっ…!?」
ふみはパニックに陥った。月江は徘徊しているのではなく、体調が悪いのでもなく、包丁を刺されている…? いや、包丁を刺されたから体調が悪くなっている? …意味が分からない。
そもそも、月江に包丁を刺したのは誰!? …その考えに思い至った時、ふみは気づいた。よく見ると、月江のそばに、男が立っている。「あ…あなた…何しているの…!?」
「え…か…かんさつ…。人間の…人間の一生の、観察…」
月江の言葉を信じなかったことをふみが後悔するのと同じタイミングで、男はもう一本持っていた包丁をふみの首へと振り下ろした…。
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製品仕様
対象OS
iOS/Android/Kindle
価格
240円