ひえんばと妖怪・飛縁魔!作者が解説『封印-時限脱出ホラー-』
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丙午(ひのえうま)年生まれの女性と結婚すると、男性に災いがあるという話をご存知か?
このREIWA=現代ジャパンにおいてこんなことを言ったら、ハイパー差別野郎として四方八方から龍虎乱舞をくらいそうな話だが、これは実際に日本に存在した迷信だ。
そして、『封印-時限脱出ホラー-』のエピソード『ひえんばの赦』に登場した怪異「ひえんば」の元ネタでもある。
「ひえんば」の元ネタは、「飛縁魔/(ヒノエンマ)」という妖怪。
江戸時代に書かれた『絵本百物語』に登場する妖怪で、名前は仏教から由来している。
飛ぶ縁の魔というだけあって、縁に災いをもたらす。「飛縁魔」と「縁」を持つ男性…つまり結婚した男性の身も心も滅ぼし、血の一滴まですするというから恐ろしい。
が、そんな怖ろしい性質に反して、外見はパッと見、妖怪には見えない。服装こそ現代のものではないが、容姿はフツーの女性だ。
というか、たとえば『封神演義』に出てきた妲己は「飛縁魔」だという。ってことは、フツーの女性というか、恐らく美女なんだろう。
で、これがどう丙午(ひのえうま)と繋がるかというと、どうも「飛縁魔(ヒノエンマ)」という言葉がなまって、「ひのえうま」と同一視されるようになっていったらしい。
そもそも丙午(ひのえうま)ってのが何かっていうと、十干十二支(じっかんじゅうにし)というもの。
十二支の方は今でもフツーに使っている。要するに干支。イヌ年生まれとか、ウサギ年生まれとかってアレだ。今年はネズミ年ですな。チューチュー!
で、この十二支、十干という概念と組み合わせて使う。
十干ってのは、木火土金水、つまり五行を陰陽(兄と弟)に分けたもの。
甲・乙(きのと、きのえ)、丙・丁(ひのえ、ひのと)、戊・己(つちのえ、つちのと)、庚・辛(かのと、かのえ)、壬・癸(みずのえ、みずのと)の十個。だから十干。
これに十二支が組み合わさる…つまり、丙(ひのえ)の午年(うまどし)生まれが、丙午(ひのえうま)。
ほいで、冒頭に戻るわけです。丙午(ひのえうま)年生まれの女性と結婚すると、男性に災いがある。
えっマジで?本当にあるの…かといえば、もちろん、ンなわけない。書いた通り、迷信だから。
そもそも「飛縁魔(ヒノエンマ)」がなまって丙午なので、根拠なんてない。
というか、そもそものヒノエンマが、基本的には女性へのやっかみだったり、悪女への恐怖が妖怪化したものと考えられる。
要するに、「あんなキレイな人がお金持ちと結婚して!どうせあんな人、飛縁魔(ヒノエンマ)に違いないわ!」みたいな話。
こういう「やっかみ」「妬み」を抱いた時、本来であれば、自分も「自分なりの幸せ」を掴むべく努力する…というのが真っ当なところだろう。
でも人間の心はそんなに上手くできていない。
こういう時人間の心は、現実をねじまげて認識する。心理学で「認知的不協和」と呼ばれる現象だ。
木になっているブドウが手に入らない。だったら手に入るようなんとかするのではなく、「きっとあのブドウは酸っぱい、美味しくない」という風に現実をねじまげる。
なので、キレイな人は「飛縁魔(ヒノエンマ)」、お金持ちと結婚したら「飛縁魔(ヒノエンマ)」、多分きっと、グラビアに掲載されている巨乳のセクシーガールも飛縁魔(ヒノエンマ)だ。
「認知的不協和」が生み出す妖怪は、他にもいる。
たとえば人に取り憑く「憑き物」。
「狐憑き」とか「狗神憑き」とか「オショボ憑き」とかいろいろあるが、基本的に「憑き物」は成功した人間に対する「やっかみ」「妬み」が作り上げる。
つまり、「あの人が成功したのは、憑き物のパワーを使ったからだ!」というワケ。
伝承上、そして歴史上、繰り返し繰り返しこうした逸話が出てくるところを見ると、きっと、人類と「認知的不協和」は切っても切れない間柄なのだろう。
まさに縁の魔!「飛縁魔(ヒノエンマ)」じゃないか。
そんな「飛縁魔(ヒノエンマ)」が元となっている「ひえんば」は、エピソードの最初から、登場する度に「わたしのせいじゃない、わたしのせいじゃない」と繰り返している。ぜひセリフに注目してみてほしい。
「ひえんばの赦」の舞台となっている家を探すと、館の主の手記には、家になんらかの災いが起きたこと、その災いはひえんばがもたらしただろうことが書かれている。
よく読めばこの「ひえんば」が、主の妻であることも推察できるはずだ。
つまり、館の主は、自分に起きた不運を全部妻=ひえんばのせいにしていた。
だから、ひえんばは「わたしのせいじゃない」といっている。実際、その通りだ。館の主は「認知的不協和」に陥っている。
しかし、ひえんばは自分の罪じゃないにも関わらず、赦しを求めている。これもまた、認知の歪みだ。
認知の歪みに陥った人間が2人いるなら、そこになんらかのトラブル…災いが起こらないわけがない。
そんなことを考えながら作ったのが、「ひえんばの赦」でした。